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大阪高等裁判所 昭和34年(ネ)725号 判決 1961年1月31日

控訴人 津田常吉 外三名

被控訴人 藤田治三郎

主文

1  原判決のうち被控訴人と控訴人津田常吉、須藤清一、田口三郎との間の部分を取り消す。

2  被控訴人の控訴人津田常吉、須藤清一、田口三郎に対する請求を棄却する。

3  原判決のうち被控訴人と控訴人田口国次との間の部分を次のとおり変更する。

4  控訴人田口国次は被控訴人に対し五一四三円を支払え。

5  被控訴人の控訴人田口国次に対するその余の請求をいずれも棄却する。

6  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

7  この判決主文第四項は仮に執行することができる。

事実

控訴人津田常吉、須藤清一、田口三郎は、主文第一、第二、第六項と同旨の判決を求め、控訴人田口国次は、「原判決のうち被控訴人と控訴人田口国次との間の部分中同控訴人勝訴部分を除いたものを取り消す。被控訴人の控訴人田口国次に対する請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人等の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張は、

被控訴人の方で、

控訴人田口国次が原判決添付目録記載(イ)、(ロ)、(ハ)、(ニ)、(ホ)の土地(以下本件土地という。)のうち同目録記載(ニ)、(ホ)の土地(以下本件(ニ)、(ホ)の土地という。)を高橋絹子に転貸したことを被控訴人は承諾したことはない。被控訴人は高橋絹子が本件(ニ)、(ホ)の土地を控訴人田口国次から転借していることを知り昭和三〇年九月頃小田美奇穂弁護士に依頼して右控訴人と交渉させた結果、右控訴人は同年一二月三一日限り自己の責任で高橋絹子に本件(ニ)、(ホ)の土地の明渡をさせる旨約束したので、その明渡を条件として本件土地の賃貸借を継続したのであるが、右控訴人は右約束を履行しないので被控訴人は昭和三一年一月末頃安室義雄に依頼してその履行を督促させたものであつて、被控訴人は昭和三〇年九月頃右転貸について明示もしくは黙示の承諾をしていない。その後右控訴人の方で右約束の履行ができそうもないし、被控訴人は安室義雄から昭和三一年二月頃本件土地を右控訴人に売り渡すよう勧められたので、その頃一応本件土地を右控訴人に売り渡す旨契約したが、その代金未払のため右売買契約は当然解除となつたものである。そこで被控訴人は再び右控訴人に対し本件土地の明渡を求めようとしていたところ、同年九月頃右控訴人代理人秋田三郎より延滞賃料として五〇〇〇円を提供されたので、被控訴人は右控訴人が早急に高橋絹子に本件(ニ)、(ホ)の土地の明渡をさせることを条件として右賃料を受領し本件土地の賃貸借を継続したのである。したがつて被控訴人はその頃も右控訴人の前記転貸を承諾したことはない。ところが、これより先同年五月一一日右控訴人は勝手に被控訴人名義の訴訟委任状を作成し前田外茂雄弁護士に委任して被控訴人の名で高橋絹子を相手取り、右控訴人が本件(ニ)、(ホ)の土地を被控訴人の承諾なしに高橋絹子に転貸したものとして京都簡易裁判所に本件(ニ)、(ホ)の土地明渡請求の訴を提起しており、右訴訟はその後昭和三二年五月中もなお係属していた。被控訴人は同年五月中始めて右訴訟の係属を知り右控訴人のこのような不徳義を黙視できず、同年六月一二日本訴を提起し右無断転貸を理由として賃貸借契約を解除した次第であつて、被控訴人は終始右転貸を承諾していないし、これを解除の理由としない旨約したことはない。

控訴人田口国次は、原判決添付目録記載第一、第二建物(以下本件第一、第二建物という。)をそれぞれ控訴人津田常吉、須藤清一に売り渡しその旨所有権移転登記を経由したものであつて、貸金債務五〇万円、三〇万円の各担保等のため右所有権移転登記をしたものではない。なぜなら、控訴人田口国次が右各貸金債務を負担したのはおそくとも昭和三一年三月一五日であり、右控訴人が右所有権移転登記をしたのは同年六月四日であつて、その間に約三カ月の日時のへだたりがあり両者の間に関連性はないからである。また控訴人田口国次は間もなく右各貸金債務を返済したというけれども、もしそうだとすると、前記所有権移転登記の抹消登記は、被控訴人が処分禁止の仮処分をした昭和三二年七月四日以前に行われたはずである。それゆえ、右控訴人は本件第一、第二建物を売り渡したものであり、その敷地である本件(イ)、(ロ)、(ハ)の土地を転貸したものである。仮に右控訴人が本件第一、第二建物を売り渡したものでないとしても、右控訴人は控訴人津田常吉、須藤清一に対する各貸金債務担保のためこれを譲渡しそれぞれ前記所有権移転登記を経由したものであり、控訴人津田常吉、須藤清一は、それぞれ本件第一、第二建物所有権を取得しているものであつて、その敷地である本件(イ)、(ロ)、(ハ)の土地を各占有しており、控訴人田口国次はこれを無断転貸したものといわねばならない。したがつて無断転貸を理由とする被控訴人の賃貸借契約解除の意思表示は有効である。

と述べ、

控訴人等の方で、

仮に控訴人田口国次と被控訴人との間の本件土地売買契約が右控訴人の代金未払により昭和三一年四月一〇日限り当然解除されたものとすると、右当然解除に伴つて本件土地の賃貸借は復活したものである。

仮に控訴人田口国次がさきに本件(ニ)、(ホ)の土地を被控訴人の承諾なしに高橋絹子に転貸したとしても、被控訴人は昭和三〇年九月中すでに右転貸の事実を十分知りながら、控訴人田口国次代理人秋田三郎との間に従来の本件土地賃貸借契約についてあらためて賃貸期間を二〇年とし、賃料を月額四〇〇円から七二九円に増額する旨契約してこれを更新したのである。その際右控訴人代理人秋田三郎は被控訴人に対し高橋絹子に右控訴人が転貸した本件(ニ)、(ホ)の土地を同年一二月三一日までに明け渡させるよう努力する旨約したが、その明渡を条件として本件賃貸借契約を更新する旨契約したものではない。本件(ニ)、(ホ)の土地上に高橋絹子が控訴人田口国次に無断で建築し、しかも建築してから間もない建物を高橋にわずか約三カ月の期間内に収去して右土地の明渡をさせることが不能であることはきわめて明白であるから、その明渡を右更新の条件とするはずがない。右更新の際、被控訴人は右控訴人の無断転貸を理由として本件土地の賃貸借契約を解除しない旨契約した。仮にそうでないとしても、被控訴人は右無断転貸の事実を知りながら賃貸借契約を更新したのであるから、被控訴人はもはやこれを理由として解除しないものとしたとみなすべきである。しかも、被控訴人は本件土地の急激な値上りに乗じて本件土地を他に高価に売却しようとしている。それゆえ、被控訴人が右転貸を理由としてした解除権の行使は信義則に反する無効のものである。前記のように控訴人田口国次は高橋絹子に本件(ニ)、(ホ)の土地の明渡をさせるよう努力する旨被控訴人に約束していたし、被控訴人代理人と称する安室義雄から右控訴人の計算で被控訴人名義をもつて高橋絹子を相手取り本件(ニ)、(ホ)の土地明渡請求の訴を提起するよういわれたので、右控訴人は前田外茂雄弁護士に委任して右訴を京都簡易裁判所に提起したものである。その訴状には右控訴人が被控訴人の承諾なしに本件(ニ)、(ホ)の土地を高橋絹子に転貸したので被控訴人が右控訴人との間の賃貸借契約を解除した旨記載されているが、これは前田弁護士が右訴訟を有利にするため便宜記載したものに過ぎない。右控訴人が被控訴人の名義を勝手に使用して前田弁護士に訴訟を委任したからといつて、本件土地の賃貸借契約の解除事由に関係はない。

仮にそうでないとしても、被控訴人は昭和三一年九月中控訴人田口国次代理人秋田三郎から本件土地の同年三月一日から九月三〇日までの賃料として五〇〇〇円を受領して賃貸借契約の継続を承認しているが、その際被控訴人はすでに右控訴人が本件(ニ)、(ホ)の土地を高橋絹子に転貸していることを知つていたのであるから、被控訴人は右賃料受領の際、右賃貸借契約を解除しない旨暗黙のうちに約したものか、あるいは、これを理由として解除しないものとしたものであつて、右転貸を理由としてした解除権の行使は信義則に反し無効のものである。

控訴人田口国次は、その所有の本件第一、第二建物をそれぞれ控訴人津田常吉、須藤清一に売り渡していない。控訴人田口国次はかねて村田清から金員を借り受けていたが、その貸金債務について昭和三〇年三月、同年九月中村田清との間に二回にわたつて裁判上の和解をし同人に対し本件第一、第二建物について所有権移転請求権保全仮登記を経由した。村田清は同年一〇月中右和解調書に基いて右控訴人所有の動産を差し押えたので、右控訴人は強制執行停止決定を得たうえ村田清代理人前田外茂雄弁護士と交渉していたところ、右控訴人は昭和三一年三月中友人の控訴人津田常吉から五〇万円、視戚の控訴人須藤清一から三〇万円をそれぞれ借り受け、これに自己の手持資金を加えて一〇七万八〇〇〇円を村田清代理人前田弁護士に交付し村田清に対する前記貸金債務を弁済し同年六月四日前記仮登記の抹消登記を経由した。そこで控訴人田口国次は控訴人津田常吉、須藤清一に対する前記各貸金債務の担保のためと他の債権者から差押を受けることを防止するために同日控訴人津田常吉、須藤清一に対しそれぞれ本件第一、第二建物について形式上売買を原因とする所有権移転登記を経由したものであつて、控訴人田口国次が控訴人津田常吉、須藤清一から借り受けた直後に登記をしなかつたのは、村田清の仮登記の抹消が種々の都合で遅延したためであり、本件第一、第二建物所有権を控訴人津田常吉、須藤清一に譲渡したものではない。不動産登記法上登記は対抗要件に過ぎず公信力はないから、たとえ所有権移転登記を経由しても実体上所有権の移転のない以上、所有権の移転があつたものと取り扱うことはできない。控訴人田口国次はその後株式会社昭和産業相互銀行から五〇万円を借り受け、同年一一月一九日これをもつて控訴人津田常吉に対する貸金債務五〇万円を返済し、昭和三二年五月二八日控訴人須藤清一に対する貸金債務三〇万円を返済した。控訴人田口国次は控訴人津田常吉、須藤清一と前記のような関係があつたので前記所有権移転登記の抹消登記を急がなかつたところ、図らずも被控訴人は同年七月四日本件第一、第二建物について処分禁止の仮処分をしたので、前記所有権移転登記の抹消登記をすることができなくなつた。控訴人津田常吉、須藤清一はそれぞれ本件第一、第二建物所有権を取得しておらず、その敷地の本件(イ)、(ロ)、(ハ)の土地を占有していないのであつて、控訴人田口国次はこれを控訴人津田常吉、須藤清一に転貸したものではない。

と述べたほかいずれも原判決事実記載のうち控訴人等の答弁事実(三)(原判決五枚目表三行目から一〇行目まで)を除くものと同一であるから、これを引用する。

当事者双方の証拠の提出援用認否は、

被控訴人の方で、

甲第七号証を提出し、当審証人安室義雄の証言、当審における被控訴人本人尋問の結果を援用し、乙第四、第五号証の各一、二、第九、第一〇、第一二号証の各成立を認め、乙第五号証の三、四、第六号証から第八号証まで、第一一号証の成立は不知と述べ、

控訴人等の方で、

乙第四号証の一、二、第五号証の一から四まで、第六号証から第一二号証までを提出し、当審証人秋田三郎の証言、当審における控訴人津田常吉、須藤清一、田口国次各本人尋問の結果を援用し甲第七号証の成立を認めたほか、

いずれも原判決事実記載と同一であるから、これを引用する。

理由

被控訴人が昭和一五年春頃控訴人田口国次に対し建物所有の目的で被控訴人所有の本件土地をその隣接土地三九坪八合七勺とともに賃貸し、右控訴人が本件(イ)の土地上に本件第一建物を、本件(ロ)(ハ)の土地上に本件第二建物をそれぞれ建築所有したことは当事者間に争がない。

控訴人等は、控訴人田口国次は昭和三一年二月頃被控訴人から本件土地を右隣接土地とともに買い受け、本件土地及び隣接土地の賃貸借はその際すでに終了していると主張するので考えてみる。およそ土地の賃借人が土地の所有権を取得するときは特別の理由のない限り、賃借権は混同によつて消滅する(大審院昭和四年(オ)第一七六三号昭和五年六月一二日判決民集九巻八号五三二ページ)ものと解すべきである。右控訴人が昭和三一年二月頃被控訴人から本件土地を前示隣接土地ととも代金一三〇万円、代金支払期日同年四月一〇日と定めて買い受ける旨契約したことは当事者間に争がないけれども、成立に争のない甲第六号証、乙第一号証、原審証人安室義雄の証言、当審における被控訴人本人尋問の結果によると、被控訴人が昭和三一年二月二九日前示のように本件土地及び右隣接土地を控訴人田口国次に売り渡す旨契約した際、被控訴人は右控訴人代理人秋田三郎との間に本件土地及び右隣接土地の所有権をその代金支払及び所有権移転登記が行われるまで売主に留保する旨約し、右隣接土地はその後弥栄自動車株式会社がこれを買い受け、被控訴人は同年三月二九日その代金を受領し、中間登記省略による右会社に対する所有権移転登記が行われたが、本件土地については代金が完済されていないことが認められる。右認定をくつがえすに足りる証拠はない。すると、右控訴人は本件土地所有権を取得していないものであつて、混同によつて本件土地の賃貸借が終了したものということはできないその他前示売買契約締結の際に右賃貸借終了原因にあたる事実を認め得べき証拠はない。かえつて、後に認定するように右控訴人は昭和三〇年九月一日から昭和三一年二月二九日までの本件土地及び隣接土地の賃料として計四六八〇円、同年三月一日から同年九月三〇日までの本件土地の賃料として計五〇〇〇円以上合計九六八〇円を被控訴人に支払つているのであつて、右賃貸借は、同年二月二九日前示売買契約締結の際終了していないものというべきである。控訴人等の右主張は採用できない。

高橋絹子が本件(ニ)、(ホ)の土地上に建物を所有しこれを占有していることは控訴人等の自認するところである。成立に争のない甲第一号証から第四号証まで、原審証人野口源治(第一、二回)、秋田三郎(第二回)、原審及び当審における被控訴人本人尋問の結果によると、高橋絹子は昭和二九年一二月中控訴人田口国次から本件(ニ)、(ホ)の土地を賃料月額五〇〇円と定めて転借し権利金一万四〇〇〇円を支払い、その土地上に建物を建築し、右建物は昭和三〇年五月頃完成したところ、同年六月頃被控訴人より「何故家を建てたか」といわれて抗議を受けたことが認められる。右認定をくつがえすに足りる証拠はない。すると、右控訴人は当時被控訴人の承諾なしに本件(ニ)、(ホ)の土地を高橋絹子に転貸したものというべきである。

控訴人等は、被控訴人はその後右転貸を理由として右賃貸借契約を解除しない旨約し、あるいはこれを理由として解除しないこととしたと主張するので考えてみる。前示甲第一、第二号証、成立に争のない甲第七号証、乙第二号証、原審(第一、二回)及び当審証人秋田三郎の証言(原審第一回証言中後記信用できない部分を除く。)、原審及び当審における被控訴人、控訴人田口国次(原審における同本人尋問の結果中後記信用できない部分を除く。)各本人尋問の結果によると次の事実が認められる。控訴人田口国次は事業に失敗し昭和二八年分から昭和三〇年七月分までの本件土地及び前示隣接土地の賃料の支払を怠つていたところ、同年九月頃被控訴人は右延滞賃料の支払を受け、右控訴人代理人秋田三郎との間に従来の賃料を月額七二九円(最後の賃料が月額七二九円であることは当事者間に争がない。)に増額し賃貸期間を二〇年とする旨契約して従来の賃貸借契約を更新したが(右賃貸借を更新したことは当事者間に争がない。)、その際右控訴人の方で同年一二月三一日までに高橋絹子に本件(ニ)、(ホ)の土地の明渡をさせる旨約束し、右控訴人は高橋絹子に明渡を求めたが成功しなかつたので昭和三一年二月二九日前示のように被控訴人から本件土地及び前示隣接土地を買い受けたのであるが、その際右控訴人は代金の支払期日同年四月一〇日を過ぎてその支払を怠るときは右売買契約は当然解除となる旨約し(本件土地代金未払のため右売買は本件土地について当然解除となつた。)、かつ被控訴人に対し昭和三〇年九月一日から昭和三一年二月二九日までの本件土地及び右隣接土地の賃料として計四六八〇円を支払つた。右控訴人は前示約束を履行するため同年五月八日勝手に被控訴人名義の訴訟委任状(乙第三号証)を作成し前田外茂雄弁護士に委任して同月一一日高橋絹子を相手取り右控訴人が被控訴人の承諾なしに本件(ニ)、(ホ)の土地を高橋絹子に転貸したものとして京都簡易裁判所に本件(ニ)、(ホ)の土地上の木造瓦ぶき平家建居宅一四坪六合八勺の収去・本件(ニ)、(ホ)の土地明渡請求の訴を提起した(右控訴人が前示訴訟委任状を作成し前田弁護士に委任した右訴を提起したことは当事者間に争がない。)。右控訴人は前示のように前示売買契約による本件土地の代金を完済できず、右売買契約は本件土地に関する限り当然解除となつたので、右控訴人代理人秋田三郎は同年九月中に同年三月一日から同年九月三〇日までの本件土地の賃料として五〇〇〇円を被控訴人に支払つた(被控訴人が昭和三一年九月中右控訴人代理人秋田三郎から前示賃料として五〇〇〇円を受領したことは当事者に争がない。)。高橋絹子に対する前示訴訟は昭和三二年五月中なお係属していた。以上の事実が認められる。前示秋田三郎の証言(原審第一回)、原審における控訴人田口国次本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用できない。他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

被控訴人は、控訴人田口国次が本件(ニ)、(ホ)の土地を明け渡すことを条件として前示のように賃貸借契約を更新したり、賃料五〇〇〇円を受領して賃貸借を継続したものであると主張するけれども、当審における被控訴人本人尋問の結果によつても右賃貸借契約更新、賃料の受領に条件がついていたことを認めることはできない。他に右主張を確認するに足りる証拠はない。

前示認定によると、被控訴人は昭和三〇年六月頃すでに控訴人田口国次が本件(ニ)、(ホ)の土地を高橋絹子に転貸したことを知つておりながら、同年九月中前示賃貸借契約を更新し、昭和三一年二月二九日に昭和三〇年九月一日から昭和三一年二月二九日までの本件土地及び隣接土地の賃料として計四六八〇円、同年九月中に同年三月一日から同年九月三〇日までの本件土地の賃料として計五〇〇〇円合計九六八〇円を受領しているのであつて、被控訴人が右賃貸借契約更新、賃料受領について解除権の行使を留保したことを認めるに足りる証拠はない。他方、被控訴人は昭和三〇年九月以来高橋絹子に対する本件(ニ)、(ホ)の土地明渡を右控訴人に要求しており(右控訴人もまた高橋絹子に対しその明渡を求めていた。)、前示転貸を承諾したものということはできない。とすると、被控訴人は一方では右転貸を承諾せず、他方では右控訴人に対し右転貸による解除権の行使を留保しないで本件土地を引き続き賃貸する意思を表明しているものであるから、高橋絹子はその転借権を有効に取得することができないものではあるが、被控訴人は右控訴人に対して右転貸を理由として賃貸借契約を解除しないこととしたもの、つまり右転貸を理由とする解除を放棄する意思を表示したものと解するのが相当である。被控訴人が昭和三二年六月二二日右控訴人に対する訴状の送達をもつて右転貸を理由として右賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことは記録上明らかであるけれども、前示のようにすでに右解除権を放棄している以上、その後になされた右解除の意思表示はその効力がないものといわざるを得ない。右控訴人は前示のように高橋絹子に本件(ニ)、(ホ)の土地を転貸したものであるから、みずから高橋絹子に対しその明渡を求めることができない筋合である。したがつて右控訴人が高橋絹子に対し土地明渡の訴を提起するについて勝手に被控訴人名義を使用したからといつて、それだけで被控訴人が一旦した解除権の放棄を撤回することは許されない。

被控訴人は、控訴人田口国次は控訴人津田常吉に対し本件第一建物を、控訴人須藤清一に対し本件第二建物をそれぞれ売り渡しもしくは控訴人津田常吉、須藤清一に対する各貸金債務担保のためそれぞれ本件第一、第二建物を譲渡し、被控訴人の承諾なしにその敷地である本件(イ)、(ロ)、(ハ)の土地をそれぞれ控訴人津田常吉、須藤清一の転貸したものであると主張するので考えてみる。控訴人田口国次が控訴人津田常吉、須藤清一に対しそれぞれ本件第一、第二建物について昭和三一年六月四日売買を原因とする所有権移転登記を経由したことは当事者間に争がないが、成立に争のない乙第四号証の一、二、第五号証の二、第九、第一〇号証、当審における控訴人田口国次本人尋問の結果によつてその成立の認められる乙第五号証の三、第六、第一一号証、当審における控訴人津田常吉本人尋問の結果によつてその成立の認められる乙第七号証、当審における控訴人須藤清一本人尋問の結果によつてその成立の認められる乙第八号証、当審証人秋田三郎の証言、原審及び当審における控訴人津田常吉、当審における須藤清一(後記信用できない部分を除く。)、田口国次各本人尋問の結果を総合すると次の事実が認められる。控訴人田口国次は村田清から昭和三〇年一月五日一〇〇万円、同年五月四日三〇万円計一三〇万円を借り受け村田清との間で同年三月七日、同年九月二八日裁判上の和解をし右控訴人が右債務の返済を怠るときはその弁済に代えて本件第一、第二建物を村田清に譲渡するべき旨代物弁済予約をし、同年九月三〇日停止条件付所有権移転請求権保全仮登記を経由したところその後右和解調書に基いて差押を受けたので、右控訴人は昭和三〇年一一月一五日強制執行停止を得た後、昭和三一年三月中控訴人津田常吉から五〇万円、須藤清一から三〇万円をそれぞれ借り受けたうえこれに自己の手持資金を加えた合計一〇七万八〇〇〇円をもつて村田清に対する貸金債務を返済し、同年六月四日前示仮登記の抹済登記を経由した。控訴人田口国次は、右のように控訴人津田常吉、須藤清一に対する前示各貸金債務を負担した際、その担保のため本件第一、第二建物を譲渡し、同年六月四日それぞれ売買による所有権移転登記を経由した。控訴人田口国次は同年一一月二四日頃株式会社昭和産業相互銀行から五〇万円を借り受け、これをもつて控訴人津田常吉に対する前示貸金債務を返済し、昭和三二年五月二八日頃控訴人須藤清一に対する前示貸金債務を返済し、前示各所有権移転登記の抹消登記をしようと考えていたところ、同年七月四日被控訴人より本件第一、第二建物について処分禁止の仮処分を受け、右控訴人はその後右抹消登記をしていない(被控訴人が右日時右仮処分をし、前示所有権移転登記の抹消登記がなされていないことは当事者間に争がない。)。以上の事実が認められる。前示控訴人須藤清一本人尋問の結果中右認定に反する部分は前示証拠と対比して信用できない。他に右認定をくつがえすに足りる証拠はない。してみると、控訴人田口国次は控訴人津田常吉、須藤清一に対し本件第一、第二建物を売り渡したものではなく、前示各貸金債務担保のためこれを譲渡したものというべきである。

思うに土地の賃借人が賃借土地上に所有する建物を第三者に譲渡した場合には、特別の事情のない限り、賃借権の譲渡または賃借土地の転貸が行われたものというべきである。しかし、譲渡担保権者は原則として目的物の所有権を、第三者に対する外部関係においても当事者間の内部関係においても、取得するものであるけれども、譲渡担保権者は担保目的をこえてその所有権を行使することができないものであり、譲渡担保権設定者は債務を弁済してその所有権を回復することができるものであるから、担保権者がその目的物をさらに第三者に譲渡しその対抗要件が具備されない限り、担保権設定者は確定的にはその所有権を失つていないものというべきである。してみると、賃借土地上の建物が譲渡担保に供された場合、建物がさらに第三者に譲渡されない限り、土地賃貸人からみても土地の使用収益はその以前と少しも変らないのであるから、賃貸人に対する信頼関係が破られたものと認めることはできない。本件についてこれをみるに、控訴人津田常吉、須藤清一はそれぞれ本件第一、第二建物を貸金担保のため譲り受けたものであり、しかもその貸金債務はすでに弁済により消滅し控訴人田口国次は本件第一第二建物の所有権を回復しているばかりでなく、控訴人田口国次が本件第二建物を、控訴人田口三郎が本件第一建物を当初から使用占有していることに終始変りなく、控訴人津田常吉、須藤清一が当初から本件第一、第二建物を使用占有していないことは弁論の全趣旨によつて明らかであつて、控訴人田口国次が本件第一、第二建物を譲渡担保に供した後も本件土地の前示賃料を支払つたことは前示認定のとおりである。したがつて右譲渡担保によつて被控訴人に対する本件土地の賃貸借における信頼関係は破られたものということはできない。すると、被控訴人が右転貸を理由として昭和三二年六月二二日右控訴に対する訴状送達をもつ賃貸借契約解除の意思表示をしたことは記録上明らかであるけれども、右解除の意思表示はその効力を有しないといわねばならない。

高橋絹子に対する無断転貸または控訴人津田常吉、須藤清一に対する無断転貸を理由とする右解除の意思表示が有効であることを前提とする右控訴人田口国次に対する建物収去・土地明渡及び損害金請求は、いずれも失当として棄却すべきである。

被控訴人が前示売買契約の目的物である本件土地及び前示隣接土地の代金のうち右隣接土地の代金を昭和三一年三月二九日受領し、これについて所有権移転登記がなされたことは前に説明したとおりであるから、被控訴人は隣接土地の所有権、したがつてその賃貸人の地位を失つたものであつて、前示賃貸借は右隣接土地に関する限り同日終了したものというべきである。本件土地の面積が計一六八坪七合三勺、右隣接土地の面積が三九坪八合七勺であり、本件土地及び右隣接土地の最後の賃料が月額七二九円であることは当事者間に争がない。したがつて、本件土地一六八坪七合三勺のみの賃料月額は、総面積二〇八坪六合の賃料月額七二九円を坪数の割合で按分した五八九円(円位未満切捨)となることは計算上明らかである。被控訴人田口国次は被控訴人に対して被控訴人がその支払を求めている昭和三一年一〇月一日から昭和三二年六月二二日までの間の月額五八九円の割合による本件土地の賃料計五一四三円を支払うべき義務があるものというべきである。被控訴人の賃料請求は右認定の限度において相当として認容するべきであり、その余の賃料請求は失当として棄却を免れない。

控訴人津田常吉、須藤清一がそれぞれ本件第一、第二建物を所有していないことは前に説明したところによつて明らかであつて、それぞれその敷地である本件(イ)、(ロ)、(ハ)の土地を占有していないものというべきである。控訴人津田常吉、須藤清一が本件(イ)、(ロ)、(ハ)の土地をそれぞれ占有することを前提とする被控訴人の請求は失当として棄却すベきである。

控訴人田口三郎が本件第一建物に居住していることは当事者間に争がない。控訴人田口国次が、本件第一建物を所有しその敷地である本件(イ)の土地を占有しているものであつて、その占有が前示賃貸借に基くものであることは前に説明したところによつて明らかである。すると、右控訴人は本件第一建物を収去するべき義務はないものであるから、控訴人田口三郎は本件建物より退去するべき義務を有しないものというべきである。また右控訴人は前示のように本件第一建物を占有しているにすぎないから、その敷地である本件(イ)の土地を占有して被控訴人のその所有権を侵害しているものということはできず、その明渡義務を有しない。したがつて、被控訴人の控訴人田口三郎に対する請求は失当として棄却するべきである。

そうすると、控訴人田口国次に対する賃料請求を認容した部分を除き右と異る原判決は失当であるから、民訴法三八六条を適用し原判決のうち被控訴人と控訴人津田常吉、須藤清一、田口三郎との間の部分をそれぞれ取り消すべく、かつ被控訴人控訴人田口国次との間の部分を変更することとし、訴訟費用の負担について同法九六条八九条九二条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 熊野啓五郎 岡野幸之助 山内敏彦)

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